富 士 山

3,775.6m  静岡県・山梨県
国土地理院2万5千分の1地図は ココ

2006年8月21日(土)~22日()  曇り時々雨
【メンバー】 若者三人衆 + 私 + まるごと1号・2号

新五合目登山口(11:43)→(休憩回数は数知れず)→(19:00)本八合目トモエ館泊(2:10)→(4:22)浅間神社奥宮(5:38)→(6:45)剣ケ峰(7:00)→ 浅間神社奥宮 → 本八合目トモエ館 → 下山道 → 六合目指導センター → 新五合目登山口

日本最高峰の富士山に登ってきました。今回は勤務先の若手メンバー三人衆(キムキムさん・taishiさん・チキンリトルさん)とご一緒に富士登山隊を結成しました。
会社の飲み会で何となく話題になり、富士登山経験者のⅠ姫の二度と登らないという強く否定的な言葉にもめげず、富士登山初心者メンバーで日本の一番高い所を目指します。

富士山は遠くで見るもの、登る山ではないと良く耳にします。ある旅行会社の「一生に一度は富士山」のように一度は登ろうと思っていたのですが、タイミングがなかなか合わずにいたところでした。しかし富士山は高山病の心配があるので、私に多少の山の経験があるとはいっても不安があるため、F急が企画する登山ツアーに便乗することにしました。
新宿駅西口の集合場所に登山隊メンバー全員が遅れること無く朝7時10分に集合し、7時30分発のF急観光バスに乗車します。

↑ 富士山山頂が少し見えます

新宿へ来るより、直接富士登山口へ向かった方が早いのではないかと思われる地域に住んでいるチキンリトルさんは、朝が早かったとみえて少し眠そうです。新宿駅西口から甲州街道、中央高速道に乗り、途中、談合坂で休憩し、河口湖インターから富士スバルラインで富士宮口新五号目に向かいます。旅行会社の添乗員の偉そうな口ぶりに少し腹をたてながらも、渋滞も無く新五合目の雲上閣前に着いたのは午前9時45分でした。雲が多いものの時々日が射していて雨が落ちてくる心配はなさそうです。雲上閣の後方に富士山頂が顔をのぞかせます。

この新五合目登山口は観光客の方も混ざり沢山の登山者が行き来していてとても賑やかです。下車してから添乗員からは何の案内もなく途方に暮れていましたが、チキンさんの「アナウンスがあると車内で回覧されたメモに書いてあった」の言葉で納得し、安心して広場で待機することにしました。見捨てられたわけではなくて、私が見落としていただけでした。taishiさんの顔色が優れません。貧血の持病?を持っているので少し心配ですが、本人はいつもの通り大丈夫だと言い張ります。

この鯉のぼりは今では我が家の鴨居にぶら下がっています

若手メンバー三人衆は金剛杖を買いました。これは良い登山記念になりそうです。
待機すること1時間余りで集合のアナウンスがあり、私たちと同じバスに乗車してきた集団は「まるごと2号」と命名され、目印に「青い鯉のぼり」を付けることになりました。

富士山などの高所登山では、体を高度の気圧に慣らすためにこのような遊び時間が必要なのです。
今日の案内人は、富士登山専門ガイドの杉本さんという若い方(でも既婚者)で、日本語は勿論、英語、フランス語も話すことができる人物です。
まるごと2号のメンバーの中には、フランス人の方や韓国人の方も混ざっている混成部隊なので心強いです。(バスの添乗員とは大違い)注意事項の説明の後に準備運動を済ませ、杉本さんの先導で11時43分にいよいよ出発です。

初めは砂埃の舞うやや下り気味の馬車も走る道を行きます。所々に馬の落とし物も渦高く積まれています。左側に三日月形の山中湖が望めます。 出発前の案内のとおり15分ほど歩いて休憩です。あまり休憩が多いとかえって疲れないのか心配です。

この鯉のぼりは今では我が家の鴨居にぶら下がっています


六合目の富士山安全指導センターまでは登りらしい登りも無く着きます。ここには管理職員が登山時の注意事項を書いた案内書を配布しています。ここには簡易トイレが設置されていて多くの人が行列していました。出発前に済ませておけばよいものを…。

上を見るとどこまでも火山礫の斜面が続いています。富士山は毎年約20万人もの人が登っているのに、山が崩れているように見えないのは目立たないだけなのでしょうか?現在も富士山の西側で「大沢崩れ」という崩落が進んでいることを思い出します。登っている最中に崩落が発生しないことを祈るだけです。登山道は良く整備されていて歩きやすいのですが、道端には草花も無く同じようなところを幾度も繰り返して登るので、ただひたすら忍耐力との勝負の道です。

歩くペースはゆったりしていて、これが高山病を予防する歩き方なのだと妙に納得します。今日の宿泊地本八合目「トモエ館」まで休憩を入れて6時間という案内でしたので、到着予定時刻は17時40分ころになると思うのですが、このペースで本当にその時刻につくのか半信半疑です。六合目から七合目までも火山礫の道を稲妻形に登ります。七合目トモエ館の前で休憩です。富士山の登山道には、お世辞にも綺麗とは言えない山小屋とトイレがたくさん設置されていることからもわかるように、日本一の知名度があって多くの人に登られている観光の山であることを感じます。このような現状が続くようでは世界遺産に登録されることは、残念ながら無さそうに思います。

七合目を過ぎてからは岩場になり、やっと登山という感じがします。若手三人衆も何か楽しそうに登っています。時折、視界が開けて山中湖や河口湖が見えますが、残念ながらその向こうに連なる丹沢山塊、頸城山塊や奥秩父の山々は望めません。ガイドさんから次の目標の山小屋を伝えられ、早く着きたくて気は急くのですがなかなか進みません。前方を見ると先頭のガイドさんの数人後から、かなりの距離を置いて秋山森之進さん似の女性が、どこに足を着地しようか悩まれているところでした。倒れなければ良いのですが…。原則、追い越し禁止の山道なのでこれは諦めるしかありませんから、歩き始めるまでの間はギャグでも言って間を持たせます。

楽しそうに登る三人衆

女心と山の天気?

海抜3000mを通過

宿泊地(本八合目)が見えます

白雲荘前(海抜3200m)

まだまだ元気そうな三人衆

右上が「八合目元祖室」更に左側上方が本八合目

八合目元祖室(海抜3250m)の鳥居

八合目の白雲荘を出てから更に200m上の本八合目を目指します。辺りは次第に薄暗くなってきましたが、足元は未だ照明が無くても歩ける程度です。本八合目の山小屋に灯りが入りました。宿泊先の準備の都合とも重なり、本八合目トモエ館(海抜3,400m)に着いたのは午後7時になっていてすっかり日は暮れていました。夜間に歩ける山である富士山だから許されることで、獣の住む普通の山であったら考えられないことですね。

布団上は横になるだけで、座ることはできません

山小屋の宿泊スペースは想像を絶する狭さであるとは聞いてはいましたが、本トモエ館もご多分に漏れず間口1間、高さ60cm、奥行1間の天井裏の穴蔵空間に私たち四人の男を詰め込みます。正に究極の空間活用術です。事情が理解できなかったのか他のメンバー三人衆は唖然として口も利けません。もっと高さがゆったりした部屋もありましたがツアーだから廻ってこなかったのかもしれません。救われたのは出口の前に板敷の空間があったことでした。夕食の案内があって一番で食堂に駆けつけます。1杯目のお茶だけは無料で、後は全て有料です。ビールが嫌いなtaishiさんを除く三人は缶ビールで喉を潤します。『発泡スチロール製容器に入って、ご飯がベトベトと軟らかく、福神漬5切れ付きの美味しい?カレーライス』をビールで流し込みます。

キムキムさんの右肩のところが入口です

明日の朝食を受け取り、未だ食事を済ませていない方もいるので、さっさと例の穴蔵へ戻ります。高山病のためか少し元気の無いtaishiさんは先に横になります。他の二人とは持参したアルコール入り飲料と柿ピーで眠気を誘います。既に午後8時半を回っていて明日の午前2時の集合まで5時間くらいしか寝られません。少し眠気をもよおしたので急いで穴蔵に潜り込みます。上を向いて寝るだけの幅は無いので横を向いたまま寝なければなりません。今回の同宿メンバーが大柄でなかったことを感謝します。突然「暑くてしょうがない」とキムキムさんが起き上がって出て行ってしまいました。確かに下の部屋で炭を燃しているので天井裏は暑くなります。 時計を見ると11時でした。あと2時間半を眠ることに集中します。

熟睡できないまま1時になり、もう寝てもいられないので起きて準備に取り掛かることにします。下の囲炉裏端には数人の登山者が暖を取っています。夜中に登ってきたのでしょうか?Tシャツ1枚で外の様子を見ようとドアを開けると暖をとっていた女性に「死にますよ」と言われました。確かに寒いけど少しオーバーな気もします。ここは素直にダウンジャケットを羽織って別棟のトイレに行きましたが、肌を刺すような寒さではありませんでした。トイレの使用料はどこでも大体100円です。富士山のように多くの登山者が来る山では、トイレ施設の整備や維持が大変なことだと想像できます。早めに出発準備をしていると、まるごと2号の方たちも一人また一人と起きたようで、少しずつ話し声も聞こえます。周りでは未だ寝ている人も居るのですから話はタブーなのですが…。

キムキムさんは寝ながら立っています

山小屋の入口付近は次第に混雑してきたので少し早めですがヘッドランプを着けて外に出ます。若手三人衆も外に出てきました。集合場所へ移動します。 集合場所で見上げると満天の星空です。このまま夜明けまで続いてくれることを祈ります。若い女性達は流れ星が見えたとか見えなかったとかで一喜一憂しています。こんなにたくさんの星を見るのは何年振りでしょうか?少しロマンティックな気分になります。 ガイドさんの点呼の後、午前2時10分いよいよ山頂へ向けて出発です。登山道には既にたくさんの登山者が登っています。登山者のライトで登山道はまるでお祭りの提灯行列のようです。登山者が多いためか足元は予想以上に明るく危険は無いように思います。


若い三人には昨晩のカレーでは物足りなかったのでしょう

昨日と同じようにガイドさんはゆったりペースで登ります。時折、遠方で雷が光ります。少しすると霧が出てきました。嫌な予感がします。
トモエ館を出てから2時間10分かけて、4時20分にいわゆる山頂の久須志神社の鳥居をくぐりました。
何かあっけなく着いてしまった感じです。神社の横で三人衆の記念撮影を何度も試みましたが、私のデジカメは完全な高山病になっていて、ボーッとしたものしか写りませんでした。残念。霧も次第に濃くなってきて、出発前の星空もまったく見えなくなっています。
メンバー四人で無事ここへ到達したことを喜び、久須志神社で安全祈願の御参りをし、三人衆は金剛杖に登山記念の焼印を押してもらいました。お鉢めぐりへ出発する5時30分まで東京館の中で休むように案内がありましたが、既に先行組の「まるごと1号」の方たちで満席状態です。仕方なく暫くは通路に立ったまま暖をとっていましたが、店の従業員が注文の食事を運ぶのに邪魔になるので、記念の山バッジ(日付入り600円)だけ買って外に出ることにします。

生憎ポツポツと空が泣き出してしまいました。ここでは何軒かの山小屋が営業しているのですが、登山者の数が圧倒的に多く、小屋の中には収容し切れません。満員電車状態の小屋のなかで立っている人、軒先で雨宿りをする人、私のように外で立っている人、どこを向いても人だらけで、まさに富士銀座です。日の出時刻の5時を過ぎても一向に太陽は顔を見せる様子はありません。残念ながら今日の「ご来光」は難しそうです。私は今までに天候の急変で暴風雨の山道を歩いた経験があり仕方がないと諦められますが、「ご来光」を楽しみにしていた三人衆には可愛そうな気がします。若い三人には「またいらっしゃい」ということでしょうか?三人衆はご来光が無理と分かると、出発時刻までの待ち時間を利用して早い朝食のラーメンを食べ始めました。集合時刻に間に合うのでしょうか?

集合時刻になるとガイドさんが召集の言葉をかけて徘徊しています。一旦散ったメンバーを集めるのは大変なことですが、悪天が幸いして遠くへ足を延ばしている人も居なかったとみえて、「まるごと」の約80名が比較的順調に集合しました。一瞬、太陽が顔を出しそうになると歓声が上がりますが、そう簡単には天もサービスしてくれません。次第に明るさが増してきてライトは不要になってきます。大多数のお鉢めぐりをする人と少数の下山する人に分かれそれぞれが出発します。お鉢めぐりとは富士山頂の火口縁を周遊することで、このコース上に日本最高所の剣ケ峰(標高3775.6m)があるのです。私の今回の登山の最終目的はこれにあって、剣ケ峰を踏まないわけにはいきません。勿論三人衆も同行します。標高差は80m程度なので、多少のアップダウンがあっても難コースということは無いはずです。朝靄の中の火山礫の道を2組の隊列が歩きます。

これまでに沢山の登山者が歩いたとみえて道はよく踏み固めれれています。25分ほどで銀名水に着きます。今の時期では水の補給はできないようです。荒々しくて大きな火口が望めます。岩場を過ぎて少し歩くと浅間大社奥宮や富士山頂郵便局のある平に着きます。郵便局の開設は20日までだったようで、僅かな違いで記念郵便を出すことはできませんでした。

目指す剣ケ峰(日本最高所)


ここからは目指す剣ケ峰が指呼の距離にあります。雨具のズボンを着ている間に皆さんは出発していました。でも超スローペースから開放されてマイペースで歩けるのでルンルン気分です。
勢いあまって先頭のガイドさんを追い越しそうになりストップしましたが『先に行ける人は先に行ってもらいました』との言葉に嬉しくなってそのまま追い越していきます。

最後の急登を振り返る

剣ケ峰直下の最後のザレの急坂を一気に登ろうとしましたが、空気が薄いためか今までの山と同じような訳にはいかず、息切れが激しく途中で立ち止らないわけにはいきませんでした。一番若いチキンさんは既に登りきっていて涼しい顔でこちらを見下ろしています。
息も絶え絶えでザレ場を登りきり、最後の階段を登って「日本最高所富士山剣ケ峰」の標柱のところに富士登山隊全員で到達しました。

日本最高所で記念撮影(カメラが高山病です)

今回の登山の中で一番の辛い登りでした。日本最高所に登ったという達成感がジワリジワリと湧き上がってきます。今回の山行で初めて4人揃って写真に納まりましたが、やはりカメラは高山病が治らないままでした。
続々と「まるごと」メンバーが殺到し、標柱の周りでは記念撮影のラッシュになりました。混雑の中に居るのがあまり好きではないので、先に階段下まで降りることにします。




撮影会も一段落したようで後は久須志神社へ向けて下ります。火口底の文字は白っぽい石を並べて書かれているように見えます。写真で見るよりも容易に火口底には降りられそうに思います。

ガイドさん(左から2人目)と一緒に三人衆


白山岳には登らず1周1時間40分のお鉢めぐりを終え山頂の小屋に戻って来ました。
少しの休憩の後、置いてきた荷物を取りに宿泊先のトモエ館に向かいます。
富士山は登山道と下山道が分かれていて、下山道はブルドーザーも走る火山礫の道です。

途中で大きな荷物を運搬するブルドーザーと出会いました。富士山はこの方法が取れるから大量の登山客に対応する食料や資材が運べるのだと納得します。霧が時折、切れ間を見せます。下ったら晴れるのでしょうか?もしそうならとても悔しいと思いながら、火山礫の道を滑りながら本八合目トモエ館に着きました。

私は、山小屋に置いてきたものも無く下るための軽装化だけなので早くに準備は終わり、皆さんの準備を待っていると突然視界が開け、神様の最後のサービスだったのでしょうか?一部ではありますが、綺麗な雲海を見ることができました。これが山頂からだったら、どんなに嬉しかったことやら。
本八合目からは、団体から解放されて自由に下山できることになりました。

相変わらず霧は出たり消えたりを繰り返しています。少しスピードが速かったのか、膝痛の持病を持つキムキムさんが、反対側の膝を痛めてしまいました。悪い方をかばってしまったことが原因のようです。速く下ってしまった私も反省です。本八合目から面白みのない単調な火山礫の下りを約2時間で六合目の富士山安全指導センターに着きました。少し空腹感もあり、朝食に持たされたお弁当も食べていないのでここで食事と休憩を採ることにします。

共に山頂に登ったお弁当は、炊き込みご飯に小魚のフライと福神漬けのおかずでした。しっかり冷えていましたが、美味しくいただけました。自宅から持ってきたゼリーや羊羹もたいらげて、荷物の整理も済ませました。ここから五合目登山口までは往路に通った道を戻ります。私は、最後のあがきで植物の写真を何枚か撮りながら、時間を掛けて歩きます。野鳥が好きだというチキンリトルさんが付き合ってくれます。

キムキムさんとtaishiさんは、どんどん先を行きます。膝の調子が良くなったのかもしれません。よかった!往きに通った経ヶ岳分岐を過ぎ、少し辛い緩やかな最後の坂道を登り終え11時10分、大きな怪我も無く四人全員で五合目登山口に戻ってきました。これから入る温泉の後まで待ちきれずキムキムさんとチキンリトルさんと私はビール、taishiさんはソフトクリームで完登の祝杯をあげました。各自職場へのお土産も買ったようです。でも下山後にお守り鈴をいただける引換券があったことを私の頭からはすっかり抜けてしまっていました。

バスは12時過ぎに五合目を後に河口湖の日帰り温泉「露天風呂天水」へ向かいます。車中ではいつの間にか四人全員が熟睡してしまいました。疲れていたのでしょうね。露天風呂天水では1時から1時間半の時間が与えられ、少しゆっくりできそうです。温泉は温めですが紫外線で痛くなった肌には優しいかもしれません。 露天風呂天水を2時半に出て、河口湖インターから中央高速に乗り、途中の渋滞も無く約2時間で新宿駅西口に着くことができました。

【㎰】三人衆の皆さんお疲れさまでした。 機会がありましたら、また是非お付き合いをお願いいたします。